絶対に忘れないだろう!2018年6月10日雨の日産スタジアム東方神起ライブ

久しぶりのブログ更新です。
本当に、言い訳になりますが、とにかくとにかくNYから日本に着いて、バタバタしておりまして、ブログの更新が出来ませんでした。

そんな言い訳をした後ですが、昨日の余韻に浸っている間にブログを更新しなくてはと思い、まだ時差ボケが抜けない頭でブログを更新させていただきます。

前置きがいつものように、長くなっております

どうしても行きたかった東方神起の日産スタジアムライブ3日間念願かない行くことが出来ました。

私は、東方神起が兵役から戻って始まった「Begin Again」ツアーは行くことが出来ませんでした。
それで、もし今回のツアーファイナルで日産スタジアムライブがあったとしたら、絶対に行こうと最初から心に決めていました。

私の日産へのこだわりは、5年前東方神起が初の日産でのライブを行った時に行くことが出来なかった事から始まっています。
そして、チケットを手に入れるために、自分のファンクラブ枠の抽選に願いを込めて祈りましたが、あっけなく落選。
そうこうしていると、トンペン友達が「アップルさん、チケットいかがでしたか?」とお声をかけていただきまして、
今回は、本当にトンペンの友無しに私の悲願であった日産ライブに行くという目標は、絶対に達成することは出来なかったのです。

この件に関しましては、後程詳しくお礼をさせていただきます。

そして、本題の東方神起、日産ライブに関して私なりの感想と私なりの東方神起への思いを書かせていただきます。

まず、日産スタジアムの最寄り駅は新横浜と小机駅であります。私は、新横浜の駅から徒歩15分ほどかけてスタジアムまで、3日間歩いて通いました。私が、このライブの為に宿泊していた場所は、新子安という場所でした。そう、新子安なる場所から日産スタジアムまで通勤していました。(笑)

日産スタジアムは、デカイです。
とにかく、ゲートを間違えると死ぬほど歩くことになります。
そして、日産スタジアムがそこに見えてきても、日産スタジアムの中に入るまでに、階段を何回も上がらないといけないのです。

まるで、そう荘厳なギリシャの神殿のように、日産スタジアムは私を簡単に中に入れさせてくれませんでした。
新横浜の駅からも遠い、スタジアムは大きいのでかなり遠くから見えるんです。ほら?富士山が遠くから見えるでしょ。でも実はとっても遠くってとってもデカイ山だって、そんな感じでした。

そして、

日産スタジアムで多くのアーティストがパフォーマンスをしたいと思う気持ちが、ど素人の私でも分かるような気がしました。
このステージの上で歌い踊ったら、自分は神か新興宗教の教祖様かって、思えちゃうかもしれない・・・なんて思いました。
気持ち良いでしょうね。だって、7万以上の人間がステージに立っている東方神起の2人にポジティブなエネルギーを送るんですから・・・。
そりゃーアドレナリン液がドクドク体内から出て、火事場の馬鹿力で集中力が半端じゃなくなって神通力も可能だったりしちゃうんだろうな?と思いました。

初日は、東側ゲート2階席で全体を見渡せる席でした。
心地よい風がスタジアムを駆け抜け、そして、私にとっては3年ぶりとなる東方神起のライブを満喫できました。

2日目は、西側ゲートこの日は久しぶりに再会したLaurenさんとご一緒させていただきました。
この日は、昨日と違い暑くムシムシする心地の悪い日でした。それでも、本当に久しぶりに会えたLaurenさんと、Laurenさんのお友達と楽しく東方神起のライブを見ました。この日は、野外ライブの大変さと醍醐味を体感することが出来ました。

そして

3日目、ツアーファイナル!
この日は、朝から曇り空・・・雨が降りませんようにと願って祈って、爪につけた「テルテル坊主」のネイルアートを何度も何度も
人差し指でさすりながら、お祈りをしましたが、そのお祈りも天には届くことは出来ませんでした。
ライブが始まる午後5時には、雨が本格的に降って来ました。

そして、この日は北ゲート!どの辺の場所かもわからない当日にならないと分からない発券システムは、ワクワク感があって好きだったりしました。でも、心の中でこの雨の日ほど2階、もしくは3階の屋根のあるスタンドでありますように!真剣に祈りました。

しかし、運命とは皮肉なものです。天気であればどんなに嬉しい席か、最終日の席は北側ゲートのど真ん中、柵から5列目のバックステージの丁度真ん前、トロッコがもの凄く近く通るそんな夢のような席でしたが、頭上には、天から降ってくる恵みの雨を遮るものはありません。つまり、冷たい雨は頭上に無残にも叩きつけます。

とにかく、頭の上からつま先までびっしょり濡れてしまいました。また、昨日とは大違いで気温が下がって寒い、ブルブルしながら、東方神起のライブを見たわけです。ある意味絶対に忘れられない日になりました。

東方神起の2人は、雨までも彼らのパフォーマンスの演出を手伝っているかの如く、2人のシルエットのバックで美しく輝いていました。ユノとチャンミンは、大変な困難があればあるほどアドレナリンがどうやら出る体質のようで、特にチャンミン・・・目がキラキラというよりギラギラに近いかもしれない。大きなバンビの目がギラギラ爛々と輝いていました。チャンミンって、ドSでありドMである、コンプレックスなキャラクターをまざまざと見ることになりました。

フライングでは、まるで大雨の中、空中の大海原を、気持ちよさそうに、優雅に泳いでいる姿は、この世俗とは無縁な天から舞い降りた使いのようでありました。

しかし、世俗にどっぷりの私は、途中であまりにも体が冷えてしまって、短い時間ではありますが、少しばかり東方神起に失礼させていただき、スタジアムの中で体をタイルで巻いて、出直しました。とにかく寒かったんです。

それから、あれだけ雨が降っているのでダンスを踊った時に滑りはしないだろうか?電気器具などを多く使っているので、感電しないだろうか?事故、ケガが起きませんように、と老婆心ながら、そんな事ばかり考えていました。

でも、ライブ後半で、そんな事考えた自分がバカだなと思うようになりました。

なぜならば、ユノとチャンミンの高揚した顔、この大雨の中、手抜きをするどころか、いつもよりも力が入ったパフォーマンスをする、この人たち、東方神起は・・・ステージに立っていることが、人生のすべてであり、彼らからこれを取ったら、生きている意味がなくなってしまうんだろうなぁ~ステージで死ねるのは本望なんだなぁ~と、彼らの本気度を見た気がします。

ここまでが漠然と、簡単な私のジェネラルな感想を書かせていただきました。

が、もっと深く、思ったことは今夜皆様に届きますメルマガで書いています。

そうそう、最後にスペシャルサンクス!

初日のチケットを私の為に探して下さった 桃田万里子さん、チケットを譲ってくださった万里子さんの読者の方、本当にありがとうございました。万里子さんとは、何度もメールなどでコンタクトをしていましたが、今回初めてお会いする機会が得られたことに感謝いたします。

2日目のチケットを私の分まで、一緒にGETしてくださった大好きなLaurenさん!本当に本当にありがとうござます。
Laurenさんには、もう何て言っていいのか分からないくらいお世話になりましたし、お世話にこれからもなると思います。(笑)

3日目のチケットを手配してくださりホテルの予約までしてくださった、大好きなうりこさん!
少しだけでしたけど、お話が出来たこと嬉しく思います。いつもサポートしてくださってありがとうございます。

それから、私のネイルアートに興味を持ってわざわざ私の滞在先まで来てくださった、とどこさん、早苗さんありがとう!
これからも、どうぞよろしくお願いします。

後、久しぶりに会えたLAのひろみちゃん、シアトルのみどりさん・・・お会いできて嬉しかった。

LA在住のKat(KatDivaはアメリカ人のトンペン)さん、私のGodmotherのような彼女が、インターナショナルな東方神起ファンのランチ会に招待してくださいました。

そこでのスピーチで言われていたことが、印象的です。少しだけご紹介します。

彼女はこんな事を言っていました。

「Bigeastありがとう、あなた達のサポートが無ければ、東方神起は日産スタジアム3日間という場所に、立つことは不可能だった、本当にありがとう、そして、これからも東方神起をサポートして欲しい」何だか胸がキューンとしました。

カシオペア、ビギストの間で、お互い張り合い、どちらが東方神起に愛されているのか比べ嫉妬していたりすることは、本当に無意味で、東方神起にとって、自分たちを応援してくれる世界中のファンは、民族も宗教も国境も関係なく大切な人たちであるに違いないと、心から思えた日産スタジアムライブでした。

そのランチ会には、アメリカ(ロス、サンフランシスコ、NY、シアトル、ハワイ)ベトナム、サウジアラビア、オーストラリアなどなど世界中のファンが、東方神起をサポートしていることを身を持ってしる機会を得られたのは、私にとって大変貴重な経験でした。東方神起は幸せものだなと思いました。

もちろん、東方神起にありがとう。

そして、今回縁があってお話ができた方々、私の為に労力を使ってくださったトンペンの友人たちに心からかりがとうを言いたい。

感謝の気持ちで一杯です。

We are T!

Love always,

Apple

NY在住の東方神起が大好きなブロガー兼ライター兼ネイリスト。つまり、なんでもやります。長年続けてきたマンネリ化した(ファッション&ジュエリーリテール業界)生業からの脱却、2016年突然ネイリストになる決心。他業種からネイリストにキャリアチェンジをすると言う、極めて珍しいパターンを実行中!人生死ぬまで挑戦を合言葉に、日々健闘しています。
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